神戸街角ガイドマップ「北野町ハンター坂編」 |
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旧ハンター邸(国重要文化財)/神戸市灘区王子公園 . |
はじめに
「どこか旅行に行きたいな」と思い立った時、たいていの方は、ガイドマップを旅の友にするのではないでしょうか?
書店に行けば数多くのガイドマップがあり、どれもがカラフルに構成されています。一冊手にしてみれば、その地への旅愁をより大きく感じられる事でしょう。
今回、私たちがこの冊子を作成するにあたり、留意したのは、既製物では紹介されないような「神戸のツボ」を、地元の視点でご紹介しようという点です。エリアを思い切って絞り、文献で裏付けられた情報ばかりをピックアップしてみました。
インターネット版ではすべての情報を公開しておりません。
冊子版をご希望の方は、実費(80円切手5枚)にてお送りいたします。お問い合わせは兵庫県青年洋上大学同窓会「神戸街角ガイドマップ係」まで。
兵庫県青年洋上大学神戸地区同窓会
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日本人と外国人が見た神戸の昔くらべ
何故「ハンター坂」を取り上げたのか?
E・H・ハンター氏ご紹介
北野坂ガイドマップ
知ってトクする神戸雑学情報
世界の料理を堪能しよう
日本人と外国人が見た神戸の昔くらべ
この2枚の絵は、開港当時の神戸を描いたものです。日本人から見た神戸の街と西洋人から見た神戸の街を対比してみてください。
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| 「摂州神戸西洋館大湊の賑わひ」 二代長谷川貞信 (明治初期) |
「居留地風景」 C.B.バーナード(明治11年) |
何故「ハンター坂」を取り上げたのか?
神戸が世界に門戸を開いたのは1868年(慶応3年)1月1日。今から約130年前の事です。
開港を機に神戸にも外国人居留地が設けられ、イギリス人やドイツ人をはじめ数多くの外国人が神戸の街で暮らし始めました。
人が集えば文化や情報も付随してゆきます。彼らは日本の伝統を母国に紹介し、西洋の最新文化や技術を日本に伝えてくれました。
つまり彼らは文化と文化を結ぶメッセンジャーでもあった訳です。
また、彼らと日本人がお互いを理解し合うことで新しい文化も生まれてゆきました。
今日、神戸の街は、「いちどは訪れてみたい街・暮らしてみたい街」のトップクラスにあげられるように、他都市の人々にとても魅力的あふれる街として認識されているようです。
このガイドブックでは、「魅力的あふれる街=神戸」の礎を築いた外国人のひとり、E・H・ハンター氏にちなんで名付けられた神戸市北野町の「ハンター坂」周辺の街角をご紹介してゆきます。
E・H・ハンター氏ご紹介
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エドワード・ハズレット・ハンター氏は、1843年イギリス・アイルランドのロンドンデリーで生まれました。
少年時代に豪州、香港、上海を転々とし、21歳の頃、横浜に単身上陸。1868年の神戸開港にあわせて同郷のキルビー氏と共に神戸に移り、キルビー氏の鉄工所を手伝うようになりました。
実業家を志していたハンター氏は1874年に独立、ハンター商会を設立し貿易業を始めるようになります。ハンター商会は順調に伸び、1879年には大阪の安治川口に大阪鉄工所を設立しました。
この鉄工所は、後に日立造船と名前を変え日本の大企業のひとつとして現在に知られています。 1868年、ハンター氏は大阪の薬問屋の娘、平野愛子と結婚しました。氏は大変な日本びいきでしたので、子供達にはすべて日本国籍を取らせ自らも平野姓を名乗りました。長男の龍太郎には、「範多(はんた)家」を創設させたりもしています。
子供たちに日本国籍を取らせた理由は、外国籍の人間には日本国内の財産が相続できないため、自分の死後、家族達の生活を心配したからであるといわれています。ハンター氏の人となりがよく現れているエピソードのひとつです。
1908年、ハンター氏が65歳の時、神戸市北野の高台を切り開き、建築の専門家でもあった龍太郎を工事監督に、宏壮で堅牢かつ清楚な自邸を建てました。 市街から屋敷へ続く道は、人々からハンター坂と呼ばれ現在では観光客に人気のあるスポットのひとつになっています。 屋敷は後に灘区の王子動物園に移築、国の重要文化財にも指定されて市民に公開されています。
1917年、ハンター氏は74歳でその生涯を閉じました。 逝去に際しては、神戸市長をはじめ内外人がひとしく痛惜してやまなかったと言われています。ハンター氏は氏が愛した神戸背山の再度山修法ヶ原外人墓地で永遠の眠りについています。
ハンター坂周辺ガイド
スタッフが北野町のハンター坂周辺を実際に歩いてみて、面白かったショップやオブジェなどを中心にまとめてみました。
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神戸雑学情報
ガイドマップを作成するに当たって、今回私達が学んだ神戸の雑学をご紹介しましょう。
@ハンター坂の由来って?
JR三宮駅から北側に東門筋を抜けて中山手通りを渡れば、そこからハンター坂は始まります。
ハンター坂は、観光客であふれる北野通りやトアロードの様な派手さはありませんが、古き情緒が残った存在感のある坂です。入り口を示す標識は、昭和51年頃に神戸市土木管理局道路管理課が設置した物ですが、いつ誰がこの坂を「ハンター坂」と名付けたのかは不明です。
ハンター氏が北野の自宅から港の会社に通うのに毎日使っていたからまわりの日本人たちがそう呼び始めたのではではないか、と私達は考えているのですが、はてはて真相はいかに・・・。
@神戸とコーヒー
ハンター坂を登り始める入り口右手側に、まずは一服とでも言うように落ち着いたムードのコーヒーショップ「にしむら珈琲店」があります。この店は昭和23年に建てられたそうで、神戸では老舗として有名です。
聖書にも記載のあるコーヒーが始めて日本に入ったのは、江戸時代の長崎です。1641年より鎖国政策をとっていた日本にとって唯一の海外の窓口であった長崎では、ごく一部の日本人にコーヒーが楽しまれていたそうです。
神戸では、1874年(明治7年)に日本初の喫茶店「放香堂」が神戸元町3丁目にオープンし、ハイカラ好きな神戸っ子に好評を博したとか。
時は流れ、昭和44年。神戸のコーヒーメーカー「上島コーヒー(UCC)」が、世界で始めて缶コーヒーの開発に成功。昭和45年に開催された大阪・日本万国博覧会でも大好評を博しました。世界中にもまたたくまに広まってゆきました。
そして現在。コーヒー輸入量の約30%が神戸港で取り扱われ、全国各地に卸されているのです。
@神戸の教会
土地柄、神戸には数多くの教会があります。中でも中山手カトリック教会は神戸で一番古いカトリック教会にあげられます。
この教会は1870年(明治3年)居留地37番(現大丸デパート)に建てられ、恵まれない少女の為の教育機関も併設されていた由緒あるもので、現在地には大正末期に移転したそうです。
建築様式はゴシック様式を取り入れ、正面は尖塔アーチ付きの入り口、その上にフランスから輸入されたステンドグラスの花模様、いわゆる「バラ窓」があり、両サイドに美しい塔がそそり立っています。
第2次世界大戦末期の神戸大空襲でも焼け残ったこの教会は、残念なことに阪神大震災で屋根が崩れてしまい、現在は防水シートで覆われたままです。
世界の料理を堪能しよう
神戸には数多くの各国料理店があります。ハンター坂周辺もまたしかり。家庭でも作れる挽肉を使った簡単な各国料理をご紹介してましょう。国際交流も兼ねて、お店の方に詳しい作り方を聞いてお家で挑戦してみて下さいネ。
韓国・・・チョゲグイ
蛤に挽肉を詰めたおもてなし料理。材料は蛤・豆腐・挽肉。たれは葱・にんにく胡麻などを使います。
トルコ・・・エトレ・ビパル・ドルマセ
トマトの帽子が可愛いピーマンの挽肉詰め煮。材料はピーマン・トマト・米・挽肉。
ドイツ・・・フレカデレ
ベーコン巻きハンバーグ。材料はベーコン・玉葱・挽肉。
ロシア・・・ピリメニ
ロシア風茹餃子。材料は玉葱・挽肉。スープもしくはサワークリームをかけたり酢醤油であっさりと。
インド・・・キーマ・サモサ
挽肉の包揚げ。材料は玉葱・にんにく・トマト・ガランマサラ・挽肉。
デンマーク・・・ダンスク・モス・オープン
挽肉とマッシュポテトのグラタン。材料は玉葱・トマトケチャップ・チーズ・挽き肉。
フランス・・・プーレット・ア・ラ・プロパンサル
肉団子のプロバンス風煮込み。材料は玉葱・卵・人参・キュウリ・茄子・トマト・挽肉。
ギリシャ・・・ドルマデス
挽肉とご飯を葡萄の葉で包みコクのあるスープで味付。材料はご飯・葡萄の葉・牛乳・レモン・挽肉。
編集後記(作るの大変でした!)
・ハンター坂は活気のある街というよりは、静かで落ち着いた通りでした。
ペルー料理店はもっとくせのあるものと思っていましたが、結構日本人の口にあう料理で匂いの割にはニンニク臭さは感じられませんでした。
今度はハンターさんの切り開いた登山道を歩いてみたいものです。
・北野で昼食を食べたいなあと思いました。北野の付近はもともと坂が多くきついので歩き回る時には、ヒールよりスニーカーをおすすめします。
以外と、運動靴のレンタル屋さんを坂の下で開いてみると以外と儲かるかも!? プラス動く歩道があればもっと多くの人が訪れるかもしれない。(笑)
・ラテン系の料理店には是非夜にいってみたい。
坂の登りの時に食事をするとその後おなかがいっぱいで辛いので、下りの時に食事をするのがおすすめ。
・時間帯によって街並みの雰囲気が全然違います。時間があったら昼も夜も行ってごらん。
・東側に位置する北野坂よりも地味目で観光客も少ない。あまり、ごちゃごちゃしていないのでいかにも海の見える神戸の坂道だと実感できる。
・多国籍の料理店が軒を連ねています(特にインド料理店が多い)。しかも母国の方がお店を開いているので、とてもインターナショナルな気分を味わうことができます。
・北野町周辺は何処行っても坂道ばかりだあ! でも一度は住んでみたいと思う今日この頃。
参考文献
本ガイドマップを作成するにあたっては下記の資料を参考にしました。
・神戸アーバンリゾートシティマップ(ぴあ株式会社刊)
・るるぶ神戸六甲(JTB刊)
・史跡と歴史のまち 神戸散歩(神戸市刊)
・六甲山の地理(田中眞吾編著/神戸新聞総合出版センター刊)
兵庫県青年洋上大学神戸地区同窓会 1998(C) Alrights reserved.
planned&written by GOICHI SHIRAGAMI